2016年9月19日 (月)

推定無罪

 アラン・J・パクラの「推定無罪」という面白い映画もありましたが、これはウィキによると<「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という、近代法の基本原則>だそうです。
 ま、当たり前の事なんですが、ことテレビ放送に関していうと、警察発表で逮捕された容疑者は即実名で報道されるし、これが有名人ともなると、途端にワイドショーでは罪人として扱われるというのが実態ですな。

 最近でも有名女優を母に持つ2世タレントの俳優がロケ先のホテルで、そこの従業員の40代の女性に暴行を働いたとして「強姦致傷」で逮捕されるという事件がありましたが、これの扱いも酷いもんでした。
 被疑者が出ていた番組がいくつも控えていたので、本人の画像を編集で消したり、代役を立てて撮りなおしたり。「推定無罪」を国民が共通認識でもてていれば、撮り終えている番組なんて、「容疑の段階なので・・・」なんて断りを入れれば大丈夫だと思うんですけどねぇ。
 過去にも有名芸能人がファンの狂言まがいの証言で逮捕されたことがいくつもあったのに、視聴率の為にはそんな都合の悪いことは忘れちゃうんだよねぇ。
 警察だって間違うんですから。

 そもそも、当初の警察発表からして僕には疑問がいくつもあったんですが、TV業界にはそんな疑問はなかったみたいですね。
 有名人である被疑者が自分を特定できる場所でそんな犯罪を犯すかということ。酒が入っていたらしいですが、スタッフも近くの部屋に居たでしょうから、大胆過ぎるというかおバカというか。しかも、警察が乗り込んだ時には本人はベッドで寝ていたというから、まるで罪の意識がないというのが丸わかりですよね。
 確かに本人は言動がおかしなおバカキャラではあるけれど、酒に飲まれるタイプではなかったというし、過去のyoutubeをみてもそこまでの悪人ではないという印象でした。

 警察発表では、フロント従業員の女性に電話をかけて歯ブラシを持ってこさせたというけれど、ここも疑問でした。
 このホテルではアメニティグッズはフロント近くのコーナーに置いてあってセルフサービスになっていたらしく、女性は当夜は一人で働いていたというから、そういう電話が入っても「当ホテルではセルフサービスになっていますので」と断ればいいのですよ。とってもお人よしという仮定もできますが、とにかく疑問だらけ。後にこの歯ブラシの件は、容疑者の弁護士から事実無根と公にコメントが出されましたが、警察からの反論はありません。

 今回の事件は当事者同士の示談が成立して、立件されずに終わりましたので、真実はうやむやのなかに埋もれていくでしょう。

 容疑者だった青年はともかく、何の非もない母親まで叩かれて、世間の風は情け容赦もないですな。
 時間が解決するとはいえ、もう以前の彼女ではないでしょうから、プライベートは封印してしまうのでしょう。容疑者だった青年には女優をしている姉もいたはずですが、彼女の人生も負の影響を受けてるだろうと考えると、今回の大騒ぎは何だったんだろうと虚しくなるばかりですな。


 

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2015年11月22日 (日)

パリ同時多発テロ

 2001年9.11に発生したアメリカ同時多発テロ事件の時には、このブログをやってなかったので記録はないが、今回のパリ同時多発テロはちょっと書いておこう。いずれにしても詳細はネットを見た方が分かるし、背景についても、今後についても有識者の書いたものの方が千倍も分かりやすいはずだが。

 発生したのは2015年の11月13日の金曜日。
 最初はパリ郊外のサッカースタジアムで爆弾事件だった。が、これは注意をそらすための事件だったみたいで、その数十分後にパリ中央部の劇場やレストランなどでの無差別乱射事件が発生。数か月前にも乱射事件があったモハンマドを侮辱した風刺画を掲載した雑誌社の近くらしい。
 死亡した被害者は当初129人と発表されたが、数日前に重傷だった人が死亡したために130人になった。昨日のTV番組の情報では、負傷者はおよそ350人だった。

 「イスラム国」の一味によるテロ事件だが、今回の首謀者はベルギーに住むモロッコからの移民の2世らしい。
 ベルギーはかつて移民の受け入れを行っていたが、景気の低迷により、経済的なしわ寄せが移民に向かった。ベルギー国内にはこういった不満を持つ移民らが大勢住む一画があり、犯罪の温床になっているらしいが、「イスラム国」に入ってしまう、いわゆるホームグロウンテロリストも生まれているとのこと。

 実は、このパリの事件以前に、10月31日にはエジプト発ロシア行きの民間旅客機がISによる爆弾で墜落する事件が発生している。この時の死亡者は224人。
 パリの事件より被害者の数では多いのだ。
 数日前のニュースでは、ISが拘束している中国人を殺害したという声明を出し、中国人を驚かせた。

 ISもいよいよ追い詰められたか、欧米だけではなく、共産圏の国も相手にしだした。
 全人類の敵になるつもりか? いや、もうなってるか。

 テロ対策として、各国の秘密諜報部門が横断的に情報を共有できるように動き出したらしい。

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2015年8月24日 (月)

寝屋川市中学生殺人事件に思う事

 最近の衝撃的で世間の耳目を集めた事件が、夏休み中の中学一年生の男女二人が殺害された事件だ。
 13歳の少女は後ろ手に縛られて、体中に30か所の切り傷を付けられていたという。中には骨にまで達していたモノもあり、死因は顔をぐるぐる巻きにしていた粘着テープによる窒息死だったそうだ。
 この少女の友人であった少年も体に切り傷は無かったもののそれ以外は同様のあり様。但し、死後一週間ほどして発見されたため死因は特定できないそうだ。
 逮捕された容疑者は45歳の男。妻子が居たそうだが、多分離婚していたんだろう。

 被害者たちは家の近くの商店街を夜の9時過ぎから一緒にウロウロしていて、今回の被害にあった模様。LINEで友人たちは早く家に帰ろと呼びかけていたが、少女の答えは「野宿でもする」だった。
 少女と少年は小学校時代から仲が良く、家族ぐるみの付き合いだったらしいが、それにしても12、3歳の子供が夜中の9時に待ち合わせして(少年は親に彼女の家に行ってくると言って出掛けたらしい)、シャッターの降りた商店街をうろつくとは・・・。
 夏休みのちょっとした冒険、そんな表現をするTVコメンテーターもいたが、あまりにナイーブ過ぎないかなぁ。

 殺人事件は昔に比べたら遥かに少なくなっているらしい。
 昔は強盗殺人やら、痴情怨恨、暴行傷害の果ての殺人など、様々な動機があったに違いないが、昨今は今回のような殺人の為の殺人がクロースアップされて、異常性が印象に残るために危険な世の中になった感があるが、実際には減っているらしいのだ。

 LINEなどのSNSで子供たちは周りと繋がっていると思い、安易に行動しているんではないかなぁ。
 僕の子供の頃(約50年前!)は、夜の9時といえばオヤスミの時間だった。9時になったから寝なさいと言われたもんです。
 流石にもう少し歳を重ねて高校生ともなると、エッチな深夜TVなども親の目を盗んでこっそり見たもんですが、外に出かけるなんて考えたこともない。もっとも、ド田舎ですから自転車で出かけたって田んぼしかありませんがネ。

 子供はまだまだ世の中の怖さを知らなさすぎる。
 SNSで繋がっているから、なにも怖くない、そんな勘違いが事件の背景にあったのではないか、そんな事を思ったのでした。

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2015年7月21日 (火)

油山事件

 一昨日、日曜日の西日本新聞の一面に、<「捕虜斬首」残った感触>という副題をつけて、油山事件についての記事がありました。
 1945年8月10日。福岡市は大空襲で焼け野原になった後だし、前日には長崎に原爆が落とされたので、その報復の意図があったのでしょう、捕虜となっていたアメリカ兵を8人、斬首によって殺した事件だそうです。
 捕虜を苦役につかせるのだって戦争犯罪だったのですから、殺害の意図をもって斬首なんてもってのほか。しかも、15日の玉音放送後には、証拠隠滅の為にさらに16、7人の米兵が殺されたそうです。
 いやぁ、戦争は残酷ですなぁ。
 原爆だって、非戦闘員を何万人も一度に殺したんですから、卑劣な戦争犯罪ですが、日本国内の捕虜についてさえこのような残虐な扱いをしていたとなれば、外地での暴力はいかばかりかと想像しちゃいますね。南京大虐殺も強ちでたらめではない、火の無い所には・・・と改めて思います。

 新聞記事は、この油山事件によって、実際に米兵を一人上官の命令により殺害した元BC級戦犯の人が6月に亡くなった事を思い出してのものでした。
 亡くなったのは大野城市の中島徳美さん。
 戦後、3年の逃亡生活の後に捕まり重労働30年の刑を言い渡されるも、約8年後に釈放されたそう。巣鴨プリズンでの拘留時に事件について書いた700ページ以上にわたる手記があったそうですが、ついに公の場には出なかったとのこと。

 戦後70年。中島さんの手には、斬首時の感触が今も残っていると言っていたらしい。

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2013年11月 7日 (木)

食材偽装の変な言い訳

 最近のTVワイドショーは、というかNHKなどのニュースでも「食材偽装」の話題が切れない。
 今日の夕方のニュースでも、大手百貨店が「車海老のテリーヌ」として販売していたものが、実際は「ブラックタイガー」という同じクルマエビ科の別の海老が使われていたとして報道していた。

 大体、これまでの食材偽装の提供側の記者会見では「偽装」ではなく「誤表示」という言葉を使っているが、消費者の聞きたいことは其処じゃないんだよね。
 食材名の間違いが、本当に品名の違いだけで、価格には影響がないかって言うことなんだな。
 実際のものより通常高価なものへの「誤表示」がされているのが今回の事件の特徴なんだから、例えば今日の「車海老」のことでいえば、「車海老」として売っていたものが値段も「ブラックタイガー」ではなく「車海老」の値段ではなかったのかということ。そこが知りたいのに、ニュースでも言わないね。勿論、提供側の方もそこは言わない。

 ハッキリ言いましょう。

 高価な食材の表示をしていて、販売価格は実際の食材の低い価格を反映させていたのなら「誤表示」。高価な食材の表示をしていて、販売価格も実際の食材の低い価格ではなく、高い価格を反映させていたのなら「偽装」。そういうことですよ。

 勿論、前者の方でも大いに問題はありますが、いずれにしても、この価格の件を報道が取り上げないのも問題ですな。
 いつから、こんな日本になったんだろ?

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2011年10月23日 (日)

まるでジュラシックパーク

 オハイオで、飼っていた猛獣を放った後に自殺した男の事件、ワイドショーで聞きながら、まるで映画「ジュラシックパーク」みたいだと思いましたな。
 猛獣を個人で飼うのは、オハイオの他にもいくつかの州が許しているそうですが、なにしろ今回の個人所有の飼育園から逃げ出したのは<グリズリー(ハイイログマ)、ツキノワグマ、オオカミのほか、ライオンやトラ、チーターなどネコ科の大型動物など全部で56頭>というんですから、想像するだに怖いです。

 オオカミくらいなら、ひょっとしたら家に鍵さえ付けて隠れていれば入ってこないような気もするんですが、ライオンとかトラとかクマ、こいつらがもしも腹をすかしていたら、たとえ玄関を閉めていても、リビングの窓ガラス越しに人間の姿を見かけたらガラスを蹴破って飛び込んでくるだろうし、たとえ2階に逃げていっても、木製のドアくらいならひとたまりも無く壊されるでしょうからね。まさしくジュラシックパークのヴェロキラプトルですよ。

 遺体で見つかった園の所有者は62歳のテリー・トンプソンという男。武器の不法所持による1年間の禁錮刑を終え、3週間前に連邦刑務所から出所したばかりだったとのこと。最近、奥さんとも別れたらしいし、飼育園では猛獣以外にもサルなども飼っていたというし、餌代なんかも相当かかるでしょうから、そんな諸々の事情があったと想像できますな。

 猛獣たちを逃がした後に自殺をした彼の遺体は、獣にいじられた形跡があったとのことでした。自業自得なのか、本望なのか・・・。

 ということで、クマとかライオンとかがタイトルに付いた音楽を探していたら、これが出てきました。唄っている人も怖そうです。



 

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2011年4月13日 (水)

♪カーマは気まぐれ / カルチャー・クラブ

 福島原発事故はレベル7に引き上げられて、折しもチェルノブイリは25年目にして、その現状をウクライナ政府が報道陣に公開したとのこと。それでも原発を中心に半径30キロの範囲は、事故から25年を経た今も一般人は立ち入ることができない。
 流出した放射能物質は、チェルノブイリの10分の1とのことだが、“今の所は”という但し書きがつく。フランスの企業やら世界各国から技術支援を含めてやって来ているので、せめて原発の発生被害は前例を覆さない程度に収めてもらいたいモノである。

 ところで、記事更新が滞っているので、ここらで徒然に・・・。

 福岡の桜は15日くらいまで鑑賞に堪え得るようです。地元TVの気象予報士が言っておりました。確かに、今朝もウォーキング中に見た桜はまだまだ見応えのあるものもあるし、15日までは20度近くまで気温も上がるので花見もできるかも。
 そういえば、この間によく見かけたのが桜をバックに愛犬の写真を撮るおばさま達。犬ブログって今も盛んなんでしょうねぇ。
 先日の陽気のイイお昼時には、池の端に上がって甲羅干しをしている亀さんにも逢いましたな。1周回って来た頃には、体の向きを替えちゃって、あぁ、あのカタイ甲羅でも陽の温かさの違いが分かるんだなぁと思ったもんです。

 ソロソロ自粛モードも控えようというのはイイですが、相変わらず芸能人のお遊びを番組にしちゃってるのもあって、ああいうのはいつでもどこでも自粛して欲しいですね。

 今日、水曜日はさんまの「ほんまでっかTV」の日。あのマツコデラックスを見ていると、いつもこの人(↓)を思い出します。なんだか、タイトルも洒落にならんけど、駄洒落かいな。


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2011年3月29日 (火)

戦場日誌

 あるブログで、今回の地震被災地に医療支援チームのスタッフとして行かれた女性のブログが紹介されていました。まだ20代と思しき彼女の被災地での活動とその時の素直な思いが書かれていて、TVや新聞報道では聞けない生の状況が伝わってきます。

 被災地の様子は彼女の目を通したものですが、TVのレポーターのように声を張り上げるでもなく、冷静に事実を捉えながら、尚かつ素直な感想も綴られているので現地の様子が生々しく浮かんできます。特に、看護師として接する老人や子供たちの話には、コチラも読みながらつい涙する場面も。

 是非ご一読下さい。

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2011年3月18日 (金)

岩手県宮古市

 3.11、午後三時前。
 ピクリともしなかった福岡で、しかもTVを見ているわけでなかった僕が東北の大地震を知ったのは、ツイッターにアクセスして、フォローしている東国原英夫のツイートが目に入ったからだ。

 『今、凄い地震です。』(posted at 14:50:22)

 すわ、関東大地震かと、すぐにTVをつけたら、やがて東北地方の漁港らしき映像が出てきた。そこは宮古市の漁港に取り付けてある情報カメラ。
 魚市場のような片方の壁が大きく空いている鉄骨造りの建物の土間付近に、ヒタヒタと海水が上がってくる程度だったのが、ものの数分も経たない内に人間の腰くらいの高さまで浸かっていき、やがてスレート屋根の庇までも・・・。
 建物の向こうは岸壁も海も境はなく、その辺りの駐車場に留めてあっただろう沢山の車が、まるで小さな子供がオモチャのミニカーをお風呂で弄ぶように、いとも軽々とあっちへこっちへと波の上を転がっていた。凄かった。

 宮古市は他の三陸海岸の町と同じように過去に何度も津波の被害を受けており、田老地区の湾には津波対策として総延長2.5km、高さ10mに及ぶギネス級の巨大防潮堤が存在し、更には陸地においても同程度の防災能力を持つ防波堤があったそうである。
 1960年(昭和35年)5月にチリ地震による大津波が襲来したが、この防潮堤が被害を皆無に留めたという記録があるが、今回の津波はこの防潮堤を壊し、更にはもう一つの堤も越えて来た。港湾空港技術研究所の現地調査によると、今回三陸海岸を襲った津波の高さは、15メートルから20メートルにもなったと推定されるらしい。改めて自然災害のもの凄さを感じてしまう。

 森進一のヒット曲に「♪港町ブルース」という僕も好きな曲がある。港町に住む女性が去った男を想っている歌だが、歌詞の中には日本各地の港町の名前が出てくる。

 「♪み~なと~ みやこ かまいし~ け~せん~ぬま~」

 宮古、釜石、気仙沼。東北地方の代表的な港町として唄われた地域が、まさに今回の被災地だった。

*

 被災地はまだ雪の降る冬のまっただ中。避難場所に居ても、寒さや滞る医療品などのせいで、すでに二桁に上る人々が亡くなっている。
 ストーブがあっても、燃料となる灯油が不足しており、更には救援物資を運ぶ車用のガソリンも既に底をついた地区もあり、一刻を争う事態が継続しているらしい。
 青森経由のアクセス、関東からの陸路も通じたようだが、福島原発事故の影響で、茨城から福島に上がる経路は民間の運送会社の便数が減って、物資の不足に追いつかない模様。
 今夜には福島原発に送電線が繋がり、電気系統が復旧すれば、事故の鎮静化も大きく進むと思われるのだが・・・。

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2011年3月16日 (水)

宮城県南三陸町(みなみさんりくちょう)

 南三陸町(みなみさんりくちょう)。正確には、宮城県本吉郡南三陸町である。
 この度の東日本大震災で被災し、翌日には人口17000人の半数以上、1万人の安否が不明だとしてニュースが流れた町だ。その時点では町長の行方も不明だったが、その次の日だったか、町長の無事が確認された。

 TVカメラの前で町長が当時の様子を話した。
 3月11日、地震があったときには町の防災センターで会議中であり、その3階建ての建物は津波も予想しての高さだったので、その他の職員らと見守ることとした。ところが、やって来た津波は予想以上で、町長らは屋上へと脱出した。町長は屋上へ向かう外階段の手摺に掴まったが、波はその上を通り越し、3~4分行きつ戻りつした。
 鉄骨階段が丈夫であった為、必至でしがみついていた町長はなんとか流される事は免れたが、気がつくと30人ほどいた職員は十人足らずに減っていた。そう言って町長は唇をかみしめた。

 鉄骨造の同センターは、骨組みを残して外壁等全て無くなっていた。2階で町民向けの避難放送をしていた職員が津波の直前までいたらしいが、その職員がどうなったか分からない。

 ウィキペディアによると、2005年10月に本吉郡志津川町及び歌津町の合併により出来た町で、町には五つの小学校と四つの中学校、そして公立高校が一校あるそうである。

<南三陸町の成人式は毎年夏、それも基本的に終戦の日に行う。これは旧歌津町、志津川町時代からの名残である。過去に一度他の多くの自治体と同じように1月に行う案も浮上したが、その年の新成人達から反対の声があがり、現在も夏のままである。戦没者への黙祷などをするためか近年問題となっている新成人のモラルの低下による七五三現象などは見られない。>

 昨日のニュースでは、安否不明だった1万人の内、約2000人が避難していたことが分かった模様。その他の方々もどうかご無事であることをお祈りする。



pencil 16日のブログで宮城県南三陸町の災害について書いたが、同町の防災庁舎で最後まで津波の避難を呼びかけていた職員が、20代の女性だった事を今朝のTV番組で知る。新婚さんで、近々、披露宴が予定されていたとか。未だに行方不明らしい。ご無事を祈る。
[Mar 21st twitterから]

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