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2020年1月26日 (日)

ブラタモリ~浜松

 夕べの「ブラタモリ」は前回の浜名湖に続いて浜松市を訪れた。

 浜松と言えばすぐにヤマハ楽器が思い起こされるが、予想通り浜松が何故楽器の町になったか?がテーマだった。

 番組の途中でだが、ヤマハのピアノが世界シェア1位という話に驚いた。お隣には世界のトヨタもあるけれど、ヤマハも世界のヤマハだったんだね。

 さて、浜松が楽器の町になった理由には五つあって、先ずは若き家康がこの地に城を建て町づくりをしたということ。

 天竜川の河岸段丘の際にあり、北の武田信玄の動向がよく見えるからという事でこの場所を選んだらしい。

 で、町を継続させるには産業が必要だが、河岸段丘の上に盛り土をして作ったものは綿花だった。綿花が土地にあっていたらしい。

 綿を作れば当然布を織る訳で、この地には織機を作る木工技術者も集まってきた。世界のトヨタも元々は織機を作っていた会社だからトヨタを作ったのも家康かも知れないね。

 さて、そんな木工技術者の中にヤマハの創業者である山葉寅楠 (ヤマハトラクス)が居る。トラクスって名前が良いよね。アメリカ人みたいだ。

 きっかけはオルガンだったらしい。小学校にある足踏みペダル式のオルガンの修理を頼まれた寅楠は鍵盤楽器に興味を持ち、アメリカにピアノの仕組みを勉強しに行き、その後日本初の ピアノの製造に成功するわけだ。

 浜松には天竜川が沢山の木材を運んでくれるし、下流地域には「からっ風」が吹いていてそんなピアノに使用する木材を乾かしてくれる。人材だけでなく、天然自然の環境も楽器製造に好都合だったのだ。

 浜松には航空自衛隊もあるが、昔の自衛隊の飛行機はプロペラ機で、その頃は木材を張り合わせて作っていた。まさにピアノ製造の技術がプロペラ製造にも生かされていたのだ。

 やがて、プロペラも丈夫な鋼鉄製へと変わり、軽さを維持する為に中が空洞の鉄製となった。つまりこの技術が管楽器へと結びつくわけだ。

 う~ん、実に解りやすい。そして日本人のモノづくりへの関心の高さを感じる回であったな。

 ついでに、林田ちゃんのピアノの演奏も聞けたし(ドビッシーの「♪月の光」良かった)。

 

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