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2011年8月 4日 (木)

「ファミリーヒストリー」 ~ 浅野忠信

 今朝、本ブログと連携しているのとは違うツイッターに呟いたけど、長くなったし、端折った箇所もあったので、こちらに加筆修正してみた。

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 夕べ、NHKで見た、「ファミリーヒストリー」という番組のこと。昨日が第1回だったらしく、ゲストは俳優の浅野忠信。放送開始から5,6分ほどして偶然に見た。
 知らなかったが、彼は白人とのクォーターで、彼の祖母や祖父の歴史、ルーツを辿る番組だった。浅野の母親も出てきていて、祖父にはネイティブ・アメリカンの血も混ざっていると聞かされていたらしいが、今回の調査でそれは間違いだったことが分かった。祖父の出身地がミネソタ州の「ウィノナ」というネイティブ・アメリカンが多く住む町なので、英語が不得意な祖母が勘違いしたに違いない。因みに「ウィノナ」は、ウィノナ・ライダーの出身地でもある。

 お祖母ちゃんは広島出身で、名前はイチ子。満鉄社員と結婚して満州にわたるも、7、8年後に離婚した。子供が出来なかったことが原因ではないかと思われる。戦後、日本に帰って来るが広島は荒れ野原なので、関東へ向かう。そこで進駐軍としてやって来たアメリカ兵と結婚するんだが、このアメリカ兵が浅野のお祖父ちゃんだ。
 お祖父ちゃんの名前はウィラード。大家族だったらしく、13歳下だという弟さんも米国でご健在だった。ウィラード23歳、イチ子38歳という15歳差の夫婦だった。

 ウィラードの仕事は兵隊用の調理人。いわば、「ローハイド」のコックみたいなもんだが、アメリカ軍所属には間違いない。正式に結婚していたが、途中朝鮮戦争が勃発して1年ほど別れ別れの時期もあった。アラフォーのイチ子は初めて女の子を産む。それが浅野の母親だ。

 やがて朝鮮戦争も終わり、ウィラードには帰還命令が出る。ウィラードは幼い娘と妻を連れて本国に帰らねばならなかったが、イチ子は悩んだ末についていかない決心をした。15の年齢差が、異国に渡るのをためらわせた理由のようだ。ウィラードはまだまだ若い。母国に帰ったら、彼が若い女性に靡くのを心配したわけだ。ウィラードの説得も虚しく、親子は別れ別れになる。

 その後のお祖父ちゃんの歴史も紐解かれた。本国に帰って数年後、彼は男の子を二人連れた女性と結婚し、ずっと調理関係の仕事を続け、家族を養った。軍の古い新聞には、ウィラードが仕事で表彰された記事も残っていた。
 アメリカでの新しい家族の元ではウィラードの実子は生まれず、65歳で90年代に亡くなっていた。亡くなった時に息子さんが遺品を調べていたら、財布の中から一枚の古ぼけた写真が出てきた。端っこがボロボロになっているモノクロ写真には可愛い5歳くらいの少女が写っていた。それは浅野の母、つまりウィラードにとっては唯一の血を分けた娘の写真だった。

 浅野の祖父は真面目な人だったようで、改めてその歴史をみれば、イチ子が心配したような事は起こらなかったような気がする。番組の最後には、その写真を見つけた祖父の血の繋がっていない息子達が来日していて、浅野親子と涙の対面をした。浅野の母親は三人は同じウィラードの子供だと彼らと抱き合った。感動的だった。もらい泣きしてしまった。

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昨日のNHKの番組を見ました。戦中戦後と、浅野さんの祖父母は苦労したのですねえ。皆が大変な時代だったですもんね。おじいちゃんは、アメリカに帰国してもずっと娘を思っていたのですね。もらい泣きしてしまいま... [続きを読む]

受信: 2011年8月 5日 (金) 15時34分

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