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2011年3月16日 (水)

宮城県南三陸町(みなみさんりくちょう)

 南三陸町(みなみさんりくちょう)。正確には、宮城県本吉郡南三陸町である。
 この度の東日本大震災で被災し、翌日には人口17000人の半数以上、1万人の安否が不明だとしてニュースが流れた町だ。その時点では町長の行方も不明だったが、その次の日だったか、町長の無事が確認された。

 TVカメラの前で町長が当時の様子を話した。
 3月11日、地震があったときには町の防災センターで会議中であり、その3階建ての建物は津波も予想しての高さだったので、その他の職員らと見守ることとした。ところが、やって来た津波は予想以上で、町長らは屋上へと脱出した。町長は屋上へ向かう外階段の手摺に掴まったが、波はその上を通り越し、3~4分行きつ戻りつした。
 鉄骨階段が丈夫であった為、必至でしがみついていた町長はなんとか流される事は免れたが、気がつくと30人ほどいた職員は十人足らずに減っていた。そう言って町長は唇をかみしめた。

 鉄骨造の同センターは、骨組みを残して外壁等全て無くなっていた。2階で町民向けの避難放送をしていた職員が津波の直前までいたらしいが、その職員がどうなったか分からない。

 ウィキペディアによると、2005年10月に本吉郡志津川町及び歌津町の合併により出来た町で、町には五つの小学校と四つの中学校、そして公立高校が一校あるそうである。

<南三陸町の成人式は毎年夏、それも基本的に終戦の日に行う。これは旧歌津町、志津川町時代からの名残である。過去に一度他の多くの自治体と同じように1月に行う案も浮上したが、その年の新成人達から反対の声があがり、現在も夏のままである。戦没者への黙祷などをするためか近年問題となっている新成人のモラルの低下による七五三現象などは見られない。>

 昨日のニュースでは、安否不明だった1万人の内、約2000人が避難していたことが分かった模様。その他の方々もどうかご無事であることをお祈りする。



pencil 16日のブログで宮城県南三陸町の災害について書いたが、同町の防災庁舎で最後まで津波の避難を呼びかけていた職員が、20代の女性だった事を今朝のTV番組で知る。新婚さんで、近々、披露宴が予定されていたとか。未だに行方不明らしい。ご無事を祈る。
[Mar 21st twitterから]

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