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2008年11月18日 (火)

♪イフ 【If / Bread】 (1971)

 You Tube で懐かしい歌を見つけました。

 日本にも「ブレッド&バター」という(兄弟?)デュオがいましたが、こちらもブレッドというグループ。「♪イフ」と「♪Make It with You」というのを良く覚えてます。後者の動画ももありましたが、これの関連で出てくるかも・・・。

 『ウィキペディア(Wikipedia)』によると~

 ブレッド(Bread)は1968年ロサンゼルスで結成されたアメリカのソフトロックバンド。当初のメンバーはデヴィッド・ゲイツ(David Gates)、ジェイムス・グリフィン(James Griffin)、ロブ・ロイヤー(Robb Royer)の3人である。
 1970年にはドラマーのマイク・ボッツ(Mike Botts)を新メンバーに加えセカンド・アルバム『On The Waters』をリリースし、デヴィッド・ゲイツ作のメロディアスなシングル「Make It With You」(二人の架け橋)が全米No1に輝き一躍ブレッドの名は世界的なものになった。
 ロイヤーが脱退した後、キーボード及びベース・プレイヤーであるウエスト・コーストの有名なスタジオ・ミュージシャン、ラリー・ネクテル(Larry Knechtel)が参加し、1972年1月に4作目のアルバム『Baby I'm-A Want You』をリリース、4曲のトップ40シングル(内2曲がトップ5)を含んだこのポップ・ロック・アルバムは全米3位の大ヒットを記録しグラミー賞にもノミネートされた。
 1973年6月ソルトレイクシティでのライブ・コンサート中に突然グループを解散する事を発表したが、1976年11月ブレッドは突然再結成、6作目のアルバム『Lost Without Your Love』を発表した。

 2005年にジェイムス・グリフィンとマイク・ボッツが夫々癌の為亡くなった。
 2006年ブレッドはボーカル・グループ名誉の殿堂w:en:Vocal Group Hall of Fame入りを果たした。

 

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2008年11月17日 (月)

オグシオ、有終の美

 オグシオって名前を初めて聞いた時には、オグリキャップの子供かな?なんて思ったもんですが、その後チュートリアルの徳井とどうのこうのという芸能ニュースを見てから初めてスポーツ選手だと分かったのでした。
 勿論、この間の北京は一生懸命見ましたが、この度のコンビ解消前の試合もやはり見てしまいました。

 スエマエとの念願通りの決勝戦で、審判のジャッジミスがあったとはいえ(あれくらいはよくあることでしょうから)、とにかく有終の美を飾れたことは良い事でした。個人的には、彼らが直に対戦するのを見たのは今回が初めてで、スエマエよりもオグシオチームの方が体格的にも少し大きい感じがして、そういう意味でも見栄えがするペアでした。

 解説は陣内貴美子。今朝の「特ダネ」にも出てましたが、小倉が『伊達も復帰したから陣内さんも・・・』と言ったのが面白かった。もう43歳だが、まだまだお美しい。オグシオ関連ニュースを話していた田中アナウンサーが、現役時代はオグシオ以上に美しかったと言ったのも面白かった。

 テニスでは伊達がダブルスでも優勝して、プレス会見でハッキリと全豪に行くつもりだと言ってました。全豪オープンは、例年通りなら来年1月末に開催予定のはずです。

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2008年11月15日 (土)

伊達公子 全日本選手権優勝!!

 今年12年ぶりに現役復帰したクルム伊達公子が全日本選手権で優勝した。16年ぶり、3度目の優勝だそうである。

 スポニチの記事によると、<38歳1カ月の女子シングルス優勝は、63年に41歳5カ月で優勝した宮城黎子に次ぐ戦後2番目の年長優勝となった>とのこと。すげえなぁ。

 伊達は第7シード。決勝戦の相手は、第9シードの瀬間友里加(21歳)。瀬間は勝てば初優勝だったらしいが、3-6、3-6で1セットも獲れずに負けた。膝下の長いハーフかと思わせるようなスタイルのイイ娘だったが、伊達の集中力の前に破れた。時々出るミスショットが敗因か。

 尚、スポニチのヘッドラインは<全豪挑戦も明言>。つまり、来年1月に行われる4大大会初戦の全豪への挑戦も明言したということだ。

 ついでに、同じくらいの年齢だと思うシュテフィ・グラフについて調べてみた。

 伊達が1970年生まれに対して、グラフは69年生まれの一歳上。99年に30歳で引退して、2001年にアガシと結婚している。年齢的には伊達と変わりないが、25歳くらいから故障続きで、手術などもした後での引退だったので彼女の復帰は難しいかも知れない。
 因みに、伊達は26歳という若さ(当時世界ランク8位)での引退だった。

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2008年11月11日 (火)

訃報:デイブ平尾

 ゴールデン・カップスのデイブ平尾が亡くなった。11月28日(金)には、東京でカップスのコンサートが予定されていたが、今回の訃報を受け追悼コンサートになるとのことだ。
 多分、彼らの最大のヒット曲は、数年前に島谷ひとみのカバーがヒットした「長い髪の少女」だろう。タイガースやテンプターズが人気バンドだった頃、通好みのバンドとして一部のマニアには絶大な支持を得ていたグループだった。
 デイヴ平尾、エディ潘、ルイズルイス加部、マモルマヌー、ミッキー吉野とハーフのような名前の人ばっかりだったが、全員日本人だったそう。姉が大好きで、確かベース担当の加部のファンだった。You tubeでちょっと前の動画を見つけたので載っけておこうと思う。加部の高速ベースも聞けます。

 平尾、享年63歳。食道がんだったそうだ。

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2008年11月 4日 (火)

MLB終了、その他

 前回、MLBワールド・シリーズの途中経過のままで終わったので、結果も書いときましょう。
 6回の裏から再開した試合は、9回、4-3でフィラデルフィア・フィリーズの勝ちとなりました。二十数年ぶりのワールド・チャンピオンだそうです。
 田口には結局出場機会が無く、さて来期は大丈夫かと思っておりましたら、案の定優勝パレードのすぐ後に、来期は契約しない旨の通知が来たそうです。メジャーは厳しいね。
 今日のネット情報では、本人はあと3年は現役でやりたいそうで、チャンピオンリングを6個にしたいんだそうです。さてさて、来期はどうなるんでしょうなぁ。井口はユーティリティはイヤだから、日本に戻るのも選択肢に入れていると言ってたが・・・。出来れば、ホークスに戻って欲しいけどね。

 イチロー関連も色々とニュースがありましたな。チームメイトとの確執があって、イチロー暴行計画なるモノまであったとか。同じマイペースのB型でも長島さんはノー天気だから、自身の記録とかそんなモノには興味がなかっただろうしね。但し、イチローの記録についての意識は、自身のモチベーションを上げるためのもので、チームプレーをないがしろにした訳ではないはずなんだけどね。あのクールさが、排他的な利己主義に見えないこともない。3番、4番がもっと打って勝率が上がっていれば、こんな馬鹿げた話は出てこなかったんだろうけど、さて、来期はどうなるんでしょうかねぇ。そういえば、監督やらフロントも変わるようだけど・・。
 チームの和を考えてイチローを放出、なんて事はないのかな? それはソレで、彼にとっても面白いかも。

 ドジャーズの斉藤は来期も契約の見込みとか。
 福留は大丈夫かな?
 ダブル松井も不透明だな。

 そうそう、フィリーズでは、元マリナーズのモイヤーが素晴らしいピッチングを見せていたが、フィラデルフィアは彼の故郷だそうで、彼の地での優勝は格別なものだったでしょう。45歳。ワールド・シリーズでの最年長勝利投手の権利をもって降板した試合もあったけど、その後同点にされたのは残念でした。さて、来期はどうなるのか? あの試合を見た限りでは来期も大丈夫そうだったけどね。

 ピッチャーと言えば、元シカゴ・ホワイトソックスで、その後古巣ヤクルトに戻っていた高津は、2007年の秋に解雇されていたそうな。先日、NHKの特集で、2008年に韓国リーグに渡った彼のドキュメンタリーが放送された。見ながら、そういえば高津の引退試合が無かったからとファンが騒いでいたのを思い出した。見てたら、高津を応援したくなりましたな。

 と、スポーツの話題で思い出したけど、先日はあの石川遼君がプロ初優勝しましたな。17歳。深堀圭一郎を追いかけて、同じ組で回っての逆転優勝だった。18番ホールではティーアップアップの時に震えたのが『漫画みたいだった』とか。
 第1打を曲げてラフからの2打をグリーン手前の池に入れる。しかし、グリーンからこぼれても、浅い所で止まるはずだから、そこからリカバリー出来るはずとの計算もしていた。3打目は水に浮いたボールをサンドで打ってグリーンに乗せ、2パットのパーで決めた。2打差で追いかけていた深堀がロングパットを沈めてバーディーをとったので、結局一打差での優勝だった。
 途中で吐きそうになるほど緊張したし、誰かに助けてと言いたいほどだったというコメントがオヤジの胸をふるわせた。良くやった!!(な~んてね^^)

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