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2006年5月 9日 (火)

三島と叔父

 連休には田舎に帰っておりました。バイトのある娘を一人残して、女房と息子を連れて。
 久しぶりに福山から、コチラも家族連れの兄貴と再会。兄弟で喫茶店などに入り、年取った両親について話すつもりが、中年男の愚痴のこぼし合いになったりして・・・殆ど、兄貴の方がしゃべってましたが。
 業界で上位ランクの企業と合併して、兄の給与も上がったそうな。そういう合併もあるんだなぁ。

 行きつけの病院に行くという母を送っていく。待合コーナーで、TVを見ていると、三島由紀夫が出ていた。1966年のインタビュー番組のVTRだった。この時三島は41歳。この4年後に、例の割腹自殺を図る。生きていれば、今年81歳になる計算だ。
 インタビューでは、死について語っていた。侍の時代には死にはドラマがあったが今は無い、等モロモロ語っていたが詳細は忘れてしまった。4年後のドラマチックな自らの死について伏線を張っていたかのようなインタビューであった。

 その日の午後、父が入院中の叔父を見舞いに行くというので隣町の大きな病院まで送っていった。叔父は、父の弟である。数年前に奥さんに先立たれ一人暮らしだった叔父は脳梗塞で倒れ、発見が遅かったため、今も意識不明の状態である。
 鼻、腕にチューブが繋がり、胸の上部にも穴が開いている。点滴のチューブが途中で外れているのか、ベッドが濡れていたのでナースを呼んだ。色白の優しそうな茶髪のナースが、胸の穴にチューブを突っ込んで痰を取ってくれた。口の中も、鼻の中も掃除をしてくれる。植物状態といっても、そういう作業の時には身体が反応をしている。

 父と私が大きく声をかけると、叔父はつむっていた両目を開いて空を見た。
 『わかったら、瞬きを2回して。』
 ナースが声をかけてくれたけれど、叔父の反応は無かった。ただ、これほど大きく目を開けることは普段は無い、とナースは言った。

 叔父の奇跡的な回復を祈ると共に、人間の死について色々と考えさせられた田舎での最終日だった。

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